卒業できました。ごめんなさい。ありがとうございました。

母親のこと
反抗期はきっと半数以上の人が通る道だろう。

自分も例外ではなかった。


中学まではいい子でいることができていた。

だけど、高校に入って周りの環境が変わり、一つ大人になったような気がして調子に乗っていた。

親の声も疎ましくなる一方だった。


自分の通っていた高校は私立で、バイト禁止だった。

だけど、バイトしている私を、母親は止めなかった。

父親も何も言わない。


なんのキッカケもなく、カッコつけるためにタバコを吸いだした。

その時も一言。

「やめなさい。」

それ以上はなかった。


夜中に家を出て遊びに行くことも増えた。

それでも何も言わない。

電話やメールの一つもなかった。


高校2年生の夏。

学校へ行くのが億劫になった。

それまでだって遅刻や欠席は多かった。

でも、それまで以上に学業に身が入らなくなった。

バイトに行って、その足で悪友と遊びに出かけ、朝方帰って寝るばかりだった。

母親もとうとう何も言わなくなった。


何も言われないことが、幸か不幸かどんどん自分を有頂天へと登らせた。


幸いテストの範囲が分かっていれば、授業は受けていなくても点数は取れた。


テストの点と留年しない程度の出席日数があれば、それでいいと思っていた。


高校3年生の冬。

とうとう欠席可能日数にも残りがなくなってきた時、担任から母親に電話が入った。


あと1日でも休めば留年という通告だった。

それまで何も言わなかった母親が、とうとう面と向かって話を仕掛けてきた。


今までの傾向から見て、きっと一言で済むだろう。

子どもの心配などしていないだろう。

そんなことを思いながら母親と向かい合う。


やはり正解だった。

たった一言。

「高校だけは卒業してほしい。」

いつもなら軽い返事か無視して話を切り上げていた。

でも、この時は様子が違った。

泣きながら、その一言を放っていた。

『何故泣いているのか?』

疑問が頭をよぎった。

ただ、どう声を掛けるべきか悩んだ。

沈黙が続く。

どうしても空返事をすることしかできなかった。

自分に関することで母の涙を見るのが初めてだったからだろう。

「分かってる。」

自分も一言だけ返して母の前を離れた。


その後は、毎日ちゃんと学校に行った。

遅刻も度々したが、なんとか卒業式まで漕ぎ着けることができた。


卒業式が終わった後、親戚やら母の友人やらからお祝いの電話やメールがたくさん入った。

メールを読むと

ーーーーーーーーーーーーーーー

あんたのお母さんは会うたびにあんたの話ばっかり。

『高校だけは出ないとこのご時世周りから嫌な目で見られて、

苦労するのはあの子だから卒業だけはしてほしい。

他のことだったらいくらでも変わってあげられる。

でも高校は、あの子しか行けないから。

反抗期で口も聞いてくれなくて、ちょっと寂しい。

でも、あの子は賢くていい子なんだよ』

って、いっつもあんたの事ばっかだよ。

ちょっと涙声でさぁ。

何がなくてもいいから今日は早く帰んなよ。

ーーーーーーーーーーーーーーー

届いたメールは、皆、同じ様な内容だった。

目頭があつくなった。

それから、私が家に帰ると誰もいなかった。

テレビでも見ながら時間を潰した。

全然頭に入ってこない。


鍵が開く音がして、母が帰宅した。

恐らく、買い物帰りだろう。


たどたどしく声をかけた。

「おかえり」

「ただいま」

その後少し沈黙が流れた。

重苦しい空気に耐えられなくなって、テーブルの上に置いてあった卒業証書を手に取り、母の前に差し出した。


何か言わなければならない。

とっさに頭の中で思い、やった出た言葉は

『卒業できました。ごめんなさい。ありがとうございました。』

と、ありきたりな言葉だった。

すると、母は

「卒業おめでとう。卒業してくれてありがとう。」

嬉しそうな顔で泣きながら、母は大事なものに触るような優しい手つきで証書を撫でた。



母の泣き顔を見て、自分のしてきた反抗を恥ずかしいと思うと同時に申し訳なくなって母の前で泣いた。


高校卒業と同時に反抗期が終わった。

今ではなんでも話すし、仲も良い。


不甲斐なさでいっぱいになる母の涙はもう見たくない。

もう泣かせてはならないと思った反抗期の最後だった。

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