私には母が二人います

母親のこと
私が妊娠7ヶ月ごろのこと。

大阪で娘家族と暮らしていたダンナのおかあさんが突然東京にいる私達と一緒に暮らしたいと言ってきた。

義姉は性格がかなりキツく、あきれるほどお金に汚い人で、きっといろいろあったのだろう。

義母は「我が子ながら・・・くたびれた」とつぶやいた。

疲れ果てた義母を快く迎えてあげたかったのだが、そのときの私にはかなりの覚悟が必要だった。

なぜなら、ダンナは全く働かず、大きなお腹の私の収入でカツカツの生活をしていたからだ。

生まれてくる赤ちゃんにかわいらしいベビー服を用意してやるどころか、

ダンナの借金もあり、赤ん坊を抱えて今後どうやって働いていくのか先が見えない状況だった。

が、義姉の「かあちゃんそっちに送るからな!」という一言で私の心は決まった。

母親をまるで荷物扱いの口調が許せなかった。

何不自由ない生活は無理っぽいけど、今より心穏やかな生活はさせてあげれる。

今だって苦労してるんだし、お義母さん一人増えたところで苦労ついでだわ・・・

そう決心すればあとはなにも躊躇する理由はない。

私は最大限の歓迎の気持ちをこめて、義母を迎えた。

小さなカバンひとつ持って、駅のホームに降り立った義母の姿を初めて見たとき(この時が初対面)私は心の底から安心感を覚えた。

それは義母に対する同情ではなく、実の母に対する愛情と同じものだった。

初めて会う人にそんな感情を抱くのが不思議だったが前世というものがあるのなら、義母と私はその昔、本当の親子だったのかもしれない。

実際、私と義母は本当の親子のように仲がよかった。

よく話し、そしてよく笑った。親子げんかもした。

仕事で遅く帰ってくる私を、義母は寝ないで待っていてくれた。

二人でホットミルクを飲みながら、寝るまでのわずかな時間、義母はアルバムを開いては自分の半生を私に語った。

それはむすこであるダンナも知らない話ばかりで、語るというよりも私に伝える作業に似ていた。

私は女の子を出産した。

義母もとても喜んでくれた。そして私に、

「あんた、次もすぐだよ。次は男の子や。」

そういった。

「ええっ!冗談じゃないですよぉ。これ以上はやってけないですよぉ。」

「いやいや。そうじゃない。これは決まりごとだからね。大丈夫。いい子に育つよ。宝物だよ。」

そう言って、義母はにっこり微笑み赤ちゃんに頬ずりした。

出産したからといって休んでいる暇は私にはなかった。なにせ食い扶持がまたひとり増えたのだから。

飢えさせてなるものか。退院するとすぐにまた働き出した。

そんな生活でも私は確かに幸せだった。

幸か不幸かは自分で決めるものだとつくづく思う。

義母も幸せであったと信じたい。

そんな中、義母が突然「大阪に帰りたい」と言い出した。

孫の顔も見せてもらった。

あんたにも会えた。

次の孫の顔を見れないのが心残りだけどしょうがない。

生まれ育った大阪で死にたい・・・・と。

とても元気な義母から「死ぬ」という言葉を聞き、不自然な不安を感じたのだが引き止めてはいけないような気がした。

で、義母の気持ちに沿えるように、義母にはちょっと待っててもらってお金の工面をしたり、義姉と交渉したりして、義姉の近所にアパートを借りることができた。

義母を送り出した日、手を振る義母の姿を最後にするつもりは毛頭なかったのに。

三ヶ月ほど経った頃だろうか。

義姉から義母が亡くなったという連絡を受けた。

無意識に覚悟をしていたのか、その連絡を私は厳粛な気持ちで受け止めた。

しかし、お葬式に行き、義母の遺品整理のため義母のアパートを訪れた時は胸をかきむしられた。

広告の裏に几帳面な小さな文字で、ここに来てからの家計簿が記されていた。

わずかな年金と、わずかな私の仕送りを細々と書き記す義母の姿を思うといたたまれなかった。

何もしてあげられなかったと思う。

おいしいものをたくさん食べさせてあげたかったし、旅行にも一緒に行きたかった。

義母のために何かをプレゼントもしたかった。

結局なにもできずじまい。

心の中で義母に詫びた。

悲しみふさぐ気持ちを払拭してくれたのが義姉だった。

義姉も、義母が大阪に戻ってきた時に、私と同じような予感を感じたらしい。

そして彼女は母親に生命保険をかけたのだ。

悲しみは義姉に対する怒りにかわった。

「この金はあんたにやる義理はないからな!」

「面倒みて何ももらえんとおあいにくさまやな。」

そんな下品な言葉を聞き、一発なぐってやろうかとさえ思った。

だが義母の霊前でその娘をなぐるわけにもいかず、どんな無神経な発言も耐えることにした。

義姉を憎む気持ちはお葬式から帰ってきてからも消えなかった。

深夜、ふと人の気配で目が覚めた。

見れば義母が正座して私を見つめている。

驚いて「お義母さん、どうしたの!?」と、飛び起きてたずねた。

すると頭の中に直接義母の声が響いた。

「あんたになにも残してあげれなくてごめんな。」

そういって、義母は畳に手をついて頭を下げた。

いよいよ驚いて、私も布団の上に正座して

「そんなこと、なんにも思ってませんってば!!」

「○子(義姉の名前)のこと、許してやってね。あの子も今つらいんや。許したってね。」

母親の気持ちは母親になれば痛いほどわかる。

どんな子供であってもかわいいし、子供の欠点は自分のせいだと自分を責めるし、ましてや子供が苦しんでいるのなら自分が死んでたって心配するものだ。

私も手をついて義母に頭を下げた。

「お義母さんごめんなさい。もうお義姉さんのこと許したから。もう悪く言いません。」

そういって頭を上げると、義母はすーっと消えていった。

私は布団の上に正座したまま、しばらく、義母と会話をした幸せな余韻を楽しんでいた。

義母とはその後、もう一度再会した。

義母の予言どおり、私はすぐに男の子をみごもり、そして出産。

ダンナの改心を願っての出産だった。

しかし願いは届かず、あいかわらず働かないのだ。二人の子供の父親なのに。

私は全てに失望しかけていた。

生活に疲れすぎていたんだと思う。

ある朝、仕事に行く時間が迫っても私はがんばる気力が出なくて

「仕事行きたくない・・・」などとぼんやり考えながら椅子に座っていた。

私ばっかりなんでこんなにつらいんだろ・・・

そう思うと涙がでそうになった。

その時だった。

「この甲斐性なしっっっ!!!!」

突然頭の中にとどろいた怒鳴り声。

しかしそれはなつかしい、まぎれもなく義母の声だった。

びっくりして顔を上げると目の前に義母が立っていた。

義母は生まれたばかりの息子をだっこしている。

そして、「この子を飢えさせる気?」と言わんばかりの表情で、私に息子を突きつけてきた。

「あのぉ・・・甲斐性なしはあなたのむすこさんなんですけど・・・」

そうつぶやいてみたら、なぜだか急に笑えてきた。

きっと義母は何度もダンナの尻を叩きにきていたに違いない。

そのたびに「やれやれ・・」と消えては、また何度も出直す義母の姿を想像すると可笑しくて。

ひとしきり笑ったら元気がでた。

「そうだね、がんばらなくっちゃね。ありがとう、お義母さん。」

そういうと、義母はにっこり微笑み、「大丈夫だから。」と言い残して消えていった。

ふいに赤ん坊の泣き声が聞こえた。

いつから泣いていたんだろう。

泣き声が耳に入らないほど、私はどうかしていた。

もしかしたらノイローゼの一歩手前だったのかも。

それを義母が叱って助けてくれたものだと思っている。

きっとずっと見守っていてくれたのだと思う。

自分の努力で切り開いて生きてきたと思っていたけど、

振り返れば、信じられないほどの幸運と転機がいくつもあった。

ダンナとはその後、離婚することになってしまったが。

義母も理解してくれていると思う。

現在、子供ふたりとも高校生。

あっというまです。

娘はますますきれいに、息子は私を見下ろすぐらいに大きくたくましい青年に。

ふたりとも大学へむけての勉強に忙しくしています。

でも、仕事で忙しい私を気遣って、家事を分担してやってくれるやさしい子供達です。

経営する会社も今のところ順調で、親孝行をする余裕もできました。

たくさん心配をかけた両親と、旅行に行ったり買い物をしたり。

そんなときには、心の中に必ず義母がいます。

義母との思い出をここに投稿させてもらったのは、先日義母と十数年ぶりに再会したからです。

その日は娘の誕生日でした。

夜中目を覚ますと、義母がまた正座して私を見ていました。

私もまた、義母と向かい合うようにベッドの上に正座しました。

義母は何も言いません。

ただ微笑んで「うんうん。」とうなずいているだけでした。

やがて静かに立ち上がるとすーっと消えていきました。

きっと私が建てた家を見に来てくれたんだろうと思います。

義母に見せたかったから。

そして大きくなった孫を見て、私を誉めてくれたんだと思います。

ここまでこれたのはあなたのおかげです。

消えていく義母の後姿に手をついて頭を下げました。

その瞬間、義母と過ごした光景が鮮明に脳裏にうかびあがりました。

それは二人でよく行ったあの公園のベンチ。

並んでアイスクリームを食べたあの日の光景。

義母は、娘としたかったことを全部私にしてくれたんだと・・・

私を嫁ではなく娘として愛してくれていたんだと、改めて気づきました。

そう思うと涙がぽろぽろこぼれて、頭を上げることができませんでした。

またいつか、義母に会いたい。

そして来世というものがあるのなら、また巡り会いたい。

私には母が二人います。

なんて幸せなことなんでしょう。

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